イギリス人の道5 7月9日(土)  ブルマ - シグエイロ

 ブルマのアルベルゲ。外はまだ真っ暗な内からみんなゴソゴソと活動開始している。キッチンに下りていくと、そこはライトが付いて沢山の人たちが出発準備の最中で活気があった。取り合えず出る前に何か食べておきたいので、手持ちのインスタント玉ねぎスープを作り、キッチンに置いてあったマカロニと日本から持ってきたカロリーメイトの潰れたのを嵩増しに入れる。こんなんでも食べておけば午前中くらいは歩けるだろう。もう食料が完全に底をついたので途中に店があることを祈ろう。

 6時50にブルマを出発。左手には朝やけ、前方には大量の朝もやが低く重く垂れ込めているのが幻想的だ。丘の間からあふれ出したモヤが私が歩いている前方の道路を横断している。なんとも良い雰囲気だ。こういうのを見ると来た甲斐を感じる。

 8時15、最初に出てきた村に運良くバルが店開きをしていた。他のみんなもこの有難いバルに寄って腹ごしらえをしていくようだ。私はまだ腹は減っていないのでカフェコンレチェだけ飲んでおく。1.3ユーロ。バルのテレビではパンプローナの牛追い祭りのニュースを流していた。そうだ、パンプローナのサン・フェルミン祭は7月だったんだと気づく。日本のニュースやバラエティ番組でも時々目にすることがあるが、スペインで見る牛追い祭り(のニュース)は貴重なのでテレビ画面をカメラで撮っておく。

 歩いていくと道端に奇妙なものが現れた。あー、これかぁ。前にネットの巡礼記で見たことがある変なオブジェのある所までやって来ていた。恐竜のでっかい作り物やトラクターが遊具みたいのに乗り上げているオブジェだった。中には長い首がポッキリ折れた首長竜らしきものもある。ここんちは店でもなさそうなので、客寄せのために展示してある訳でもないらしい。ただの趣味で作って我々に見せてくれようと言うのだろうか。変わった人がいるもんだ。


 次の町のOrdesのバルでビールとトルティージャでエネルギーを補給しておく。小さなパンがおまけで付いてきた。ここんちは5ユーロと高めだった。店内にいたペリグリノ夫婦が私を日本人と分かったらしく、「クマノコドー」と話しかけてきたので私のクレデンシャルを見せたる。熊野古道とサンチャゴ巡礼の共通巡礼手帳と言うレアものだよ。クマノコドーはどの位の日数で歩けるのかと興味があるようだが、あそこはルートが複数あって私も良く分かっていない。。テーブルの向こうでは初日のアルベルゲで一緒だった父子が何か飲んで寛いでいる。あと2日で到着なので、みんな余裕が感じられる。

 このバルで「ユーは日本からフェロール(イギリス人の道出発地)に直接来たのか?」と聞いてきた人がいたので、もっけの幸いとイルンから北の道を歩き始めて、これが3つ目のカミーノだと鼻の穴を膨らませながら自慢する。イギリス人の道は120kmちょっと、軽くその十倍を既に歩いているのを知って他のみんなもビックリしていた。

 暑い中を延々と歩き続けてシグエイロの町外れまでやってきた。町の入口にある公園に7人のペリグリノの集団が休んでいて、美人ママの家族連れもいた。シグエイロのアルベルゲは謎だらけなので、この人たちに付いていくことに決める。家族連れは別のアルベルゲへ行くと言うが、残りの3人は私が目指そうとしているChiseaだったので、こちらのグループに入る。家族連れもこの人たちも全員がスペイン人のようだ。イギリス人の道はスペイン人が圧倒的に多い。距離が短いので家族で歩いている人も多く、夏休みのイベントには手頃な行程なのだろう。

 アルベルゲはほどなく見つかったが、扉が開かないようだ。ここでもう二人のペリグリノが加わる。オーナーに電話で連絡するとすぐやってきた。どういう訳か、一旦、アルベルゲの中に入るも家の中を通り過ぎて裏口から外に出てしまう不可解な行動をとった。そこからまた少し離れた家(写真)に案内される。どういうカラクリなんだろう?やって来た家の壁には「売ります」という看板が掲げられている。ここはどうも、アルベルゲオーナーの持家で、アルベルゲが満杯になると臨時で泊まらせる家のようだ。普通の民家で部屋には家財道具もそのままある。我々の構成は私がソロで、もう一人の女性もソロ。一組は親子、もう一組は夫婦だった。私だけ個室と言うことに決まったらしい。個室なので高めの24ユーロ。一泊6ユーロの公営なら4泊分の値段だ。こんなに大きな町なのに公営がないのは勘弁してほしいが、これも仕方がないことか、泊まれただけでも有難いとしよう。他の人たちはそれぞれダブルやツインに決まったらしい。みんなは20ユーロだった。みんなと一緒でいいから安い方がいいんだけどな。

 私の部屋だけが別棟になっていてシャワー・トイレが独占できた。ま、高いけどこれも悪くないかな。Wi-Fiも使えるし。シャワー、洗濯して中庭に干しておく。陽が良くあたっているのですぐ乾きそうだ。

 いつものルーチンが済んだので買い物の時間だ。スーパーに行くと伝えたら、親子で歩いている少年がネットの翻訳を使って何やら伝えようとしてきた。ポリスや違法という単語が混ざっているので唐突な文面に理解できないでいたところ、周りの大人たちも加わる。すったもんだの末に理解したことは、この家はアルベルゲとして登録されていないので、金を取って客を泊めるのは違法だと言うことがわかる。それで、ここにやって来るまでにアルベルゲの中を一旦通過して裏から出た意味が理解できた。オーナーは町の人には正規のアルベルゲに泊める振りをしたかったのだ。「エンティエンド(理解した)、ポリスに聞かれたらステイ アルベルゲと言うよ」と身振りを交えて伝えたらみんな笑顔で一件落着。

 この親子は空手を習っていたのでビックリ。少年は現在15歳で習い始めてまだ一年目だが親父はもう何年もやっているそうだ。空手は他のスポーツと違って、自分の体力に応じて出来るので良いと言っている(らしい)。今年のクリスマスに昇級審査があって、そこで茶帯になれるんだと嬉しそうに言っている(らしい)。実は私も若いころにやっていて、3級で茶帯だったと伝え、空手の話で目一杯盛り上がる。ポルトガル人の道で一緒になった女性空手家アレハンドラに続いてスペイン人で空手をやっている人に会ったのはこれで3人目だ。柔道なら分かるが、空手も意外と普及してるんだな。

 スーパーではいつものように1リットルビールに生ハム、パン、缶コーラにオレンジジュースで3.45ユーロ。またレジ袋を持ってくるのを忘れた。ビールは相変わらず冷えたのを置いてない。店員に聞くもここには冷えたのは置いてないそうだ。アルベルゲに戻って早速いっぱいやり始める。生ハムを早めに食べ尽くしてしまったので、数枚残っていたビスケットを食べる。もう少し食料を確保しておきたいな。

 ディナーが6か7ユーロで食べられる所があるそうなので皆で一緒に行く話になったようだ。ソロの女性は既に買い物が済んでいたので、5人でゾロゾロと歩いていくとレストランには行かずにスーパーへ行き、そこで材料を買ってアルベルゲで食べるのだった。私の聞き間違いか。全員でカゴを持ってスーパーの中をウロチョロする。何を買ったのかと他の人とカゴの中身を見せあったりして、これも今まで経験したことのない楽しい時間かもしれない。空手親子がカップ焼きそばを買っていたので私も同じのを買ってみる。スペインのカップめんは大体旨くないのが経験済みだが、たまにはこれもいいかな。それにカットスイカ、ヨーグルト4、スープの素まで買って4.07ユーロ。今日は宿代が高かったので大分金を使ってしまった。この5人とは急激に仲良くなった。やっぱり狭い範囲の中で小人数で付き合いだすと親密になる。

 6人全員で大きなテーブルを囲んで座り、それぞれ買ってきたもので夕飯にする。私が最初にスイカを食べだしたので好奇の目で見られる。「日本では最初にデザートを食べるのか?」。日本でもデザートは最後だが、今はこれが食べたいのだと答えておく。さらに意外な事が・・・スイカに塩をかけて食べるたことに全員が驚いた顔をしている。え、そうなの?日本ではスイカには塩をかけるんだよ。すっごく意外な顔をしているが、こんな旨い食べ方をスペイン人が知らないのはこっちの方が驚きだよ。空手親子の息子の方がやけに私に興味を持ってくれてるので、息子も自分たちで買ってきたスイカに塩をかけて食べだした。どうだ?と聞いたら「おいしい」と言って父親にも勧めている。空手の本場、日本の国からやってきた人と同じことをしたいようだ。食後にみんなで一緒に写真を撮ろうとなったときも、息子は私とツーショットを盛んに撮りたがっていた。きっと、東洋人と会ったことも初めてだし、更に面と向かって話すなんてことは人生で初なんだろな。北の道で泊まったアルベルゲ・オーナーの中学生の息子が私に強い関心を示したことを思い出した。

 親子と夫婦とソロの女性に1枚ずつ和風マリアカードをあげる。そしたら裏にサインをしてとお願いされる。少年はそのほかにスマホの画面を見せて「心技体」と書いてとリクエストしてくる。心技体の意味も知っているようだ。

 遅くなって女の子の4人組ペリグリノがやってきた。小さな別棟がまだ空いているようなので、あそこに入ればいいやと思っていたが、私の棟の隣部屋に2人が入ってきた。そこは扉もない談話室タイプの部屋で、2つのベッドが無造作に置いてある。トイレに行くには女の子が寝ているその間を通らないと行けないので面倒なことになったな。


イギリス人の道6へつづく